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2001年3月 2000系特急「宇和海3号」松山駅始発放送 [車内放送]

今日は久々に車内放送のコレクションの中から。
早いもので、まる20年になる。この時期も、辛いことはいろいろあったが
ある意味、一番、楽しかった時代かも知れない。
当時、大学4年生、でも、大学生活は5年目が終わろうとしていた時期。

自分自身も何をしても楽しい時期だった。到底、ココに書けないような事も
いろいろやった。いま思えば、メチャクチャな事をしていた。
でも、とにかく楽しかった。

20年という時間は長かったような短かったような...

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【2016年3月2日14時55分】 土讃線・高知駅

分割民営化直後、JR四国が高速バスとの対抗手段の決め手として
投入したのが、2000系振り子式特急型ディーゼル動車。
急峻な四国山地を越えるには、カーブを高速で通過できる振り子式車両、
そして、国鉄時代とは桁違いのパワフルなエンジンが必要だった。

そんな、四国ならどこでも見られた2000系ディーゼル動車も、そろそろ
表舞台からは勇退、ローカル特急へと活躍の場を移す時期が来ているみたい。
昨年、ことでんレトロを撮りに訪れたときも、撮影地で待っている間
“同業者さん”たちは、土讃線特急の2000系を撮る話をしていた。

2000系が「四国のエース」だった時代、<変態鉄>はまだ学生だった頃。

自分の“人生の転換点”とも言えそうな瞬間を迎えたのは四国だった。
その2日後の朝、<変態鉄>は道後温泉のホテルをチェックアウトして
松山駅に居た。



車内放送のコレクションの中から、2001年3月23日の特急「宇和海3号」の
松山駅発車後の車内放送をご紹介したい。

……  ……

2001年3月23日(金)晴れ

大学卒業を前に...というか、最後の期末試験で残っていた必修の単位を
“落とした自信”があった。正直言って、それで良いと思っていた。

就職してしまうよりも気楽なバイト生活で、もうしばらく楽しく過ごすつもり
だったのである。「卒業できなかった」といえば、内定先企業に対しても
何の後腐れもなく就職を辞退できる...それくらいに考えていた。本当に。

そうしたら、キャンパスに居る後輩からの電話で...

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【2013年3月28日11時25分】 東京都国立市東付近

20年くらい前の話だが、いまほど個人情報とかそういうことにやかましい時代
ではなかった。大学の掲示板に卒業者名簿が掲出された...とのこと。
ちなみに、それは百恵ちゃんの街の大学である。

笑いながら「先輩の名前、出てますよ~」。
その電話は、高松からの特急「いしづち」号の車内で発車を待っていたとき。
「何の電話だろう??」と思いつつ、8000系電車のデッキに出て
電話を受けたときには、まさに愕然とした。

まぁ、就職内定をとっておいて卒業ができなくなる...という事態になれば
<変態鉄>の実家での親子関係は悪化するだろうが、でも、気楽な生活が
スタートするわけで。

その“計画”が音を立てて崩れ去ったのである。

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【2001年3月】 予讃線・高松駅

このとき予讃線特急を乗り通すのは初めての経験だったのだが、「いしづち」の
車内でどう過ごしたのか、まったく記憶がないのである。

……  ……

この晩から道後温泉に宿泊して。予定通り、愛媛県内をウロウロ。
当時は<撮り鉄>に専念していた...のではなくて、内子の街並みを散策したと
記憶している。(思えば、キハを撮っておけば...)

そんな重大な事態がおこっているさなか、まさに“現実逃避”、当初の予定通り
23日の朝、特急「宇和海3号」に乗り込んだのである。

地上時代の松山駅からの出発。改札から一番遠いのが最前方、だから運転台直後の
デッキでの録音を選んだのである。<車内放送マニア>にとって、他の人が
来ないところで録る...は非常に重要なのである。

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【2001年3月】 予讃線・松山駅

朝9時、松山駅を発って宇和島ゆき特急「宇和海3号」の車内放送を。
デッキでの録音のため、走行音を思いっきり拾っていて放送は一部、聞き取り
づらい部分があるのだが、運転士さんの指差喚呼の声も入っていて...。

放送は松山運転所のベテラン車掌さんの担当、特急列車に相応しい好放送が
録れたと思っている。

さて、この日の「宇和海3号」。

2000系特急型ディーゼル動車4両編成である。愛媛県内で完結する松山-宇和島
という特急列車としては短距離列車だが、ビジネスに観光に、便利な時間帯と
いうこともあって、自由席車は大半の座席が埋まっていた。

ということで、車内録音は運転台直後の最前部デッキに立って行ったのである。
今日は長めに。松山駅停車中から戸締め、そこから北伊予駅到着までを。

若い運転士さん、傍らに指導運転士さんが添乗しており。指差喚呼の声が
ハッキリ聞こえてくるのも車内録音として良い感じなのである。

「禁煙車の案内」が入るのは、この当時は当たり前のことだった。
でも、よ~く聞いてみると、四国の車掌さん特有の言い回しもあって。

「次は伊予市です。11分ほどかかります」と、次駅までの所要時間を言うのも
四国と北海道の車掌さんに多いアナウンスの仕方。

「スリによる被害が...」と「携帯電話の使用は...」くらいしか注意事項の
アナウンスがないのも、この時代は当たり前だった。
まもなく、海外でも国内でも様々な事件が起きて、「不審者・不審物を...」
どんどん放送が追加されていったのである。

ちなみに、現在の四国では、事前に指定席特急券を購入している乗客には
車内改札を省略する旨の断りが入る。それが無いのも20年前との違いだろうか。

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【2015年10月28日11時32分】 愛媛県松山市大手町・松山駅前

冒頭、ドアが開いている場面で、ピーッピーッとクルマがバックするときの
ブザー音がするのは、当時、地平駅だった松山駅、隣に貨物ホームがあり、
ここへ紅色のコンテナを積んだトラックが頻繁に出入りしていたから。

発車してドンドン加速していく。車内放送が始まるあたりで、ゴー-ーっと
走行音が大きくなるのは石手川に架かる鉄橋を渡るから。
プロ野球なども行われる“坊ちゃんスタジアム”を見ながらスピードを上げ。

ほぼ一直線の区間。まもなくATSの警報音がして。

「途中の北伊予です。上り特急列車と行き違いのため...」

この列車で宇和島まで乗り通したのだが...

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【2016年3月2日8時10分】 土讃線・高知駅

この頃の<変態鉄>、その旅行中の<鉄>分は意外と薄めだった。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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