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年末年始の“地元電” 〜 井の頭線と京王線 〜(3)臙脂色 [保存車・博物館・廃線跡]

地元で「いつでも行ける」「いつだって撮れる」と思っていると、逆に「今日は疲れているから」「もうちょっと暖かくて天気の良い日に」と、日々、後回しにしてしまった挙げ句、その機会を逸することが多いわけで。

そんなわけで、正月限定で特別なヘッドマークが着くと、地元の電車でも「撮りに行かないと!!」という気持ちになるのである。

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【2024年1月4日9時54分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

「京王れーるランド」に展示された静態保存車と、カットボディ、京王線の電車には正月の間だけ「迎光」のヘッドマークが掲出され。
コレ、実は高尾線開業以来の伝統の列車名なのである。最近は新5000系を使った全席指定の「ライナー」として運転されるケースもあるが、京王では珍しい愛称付きの列車として、いまも大晦日から元日の終夜運転時にだけ走る臨時電車として走り続けている。

かつて、その「迎光」として走った2形式が、このヘッドマークを掲出した状態で展示されており。

でも、それと合わせて...

……  ……

2024年1月4日(木)晴れ

京王線と言えばアイボリークリームに臙脂色の細帯の塗装というのが、名車(旧)5000系からの伝統。
(それ以前の吊り掛け電車は、色調こそ変遷しているが、緑色塗りつぶし)

自分が京王線を通学で使うようになったのは高校生のとき。1994年に井の頭線沿線に越してきてからである。

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【2024年1月4日9時47分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

当時、8000系の増備が進められていた時期で、主力は6000系だった。四角い車体に角張ったユニット窓、高校生の頃の<変態ガキ鉄>には、その当たり前過ぎる存在...に、あまり魅力を感じなかったのだが。5扉車があったり、2+5の7両編成とか...いまより編成のパターンも豊富で、そういうところにもっと注目していれば楽しい電車だったのかも知れない。

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【2014年1月10日12時09分】 富士急行大月線・上大月-田野倉

むしろ、ちょうど(旧)5000系が最後の活躍をしていたときで、新宿駅で、こちらが来るとちょっと嬉しかった。

1996年に大学に進学すると中央線のオレンジ色の快速電車で通学することになったのだが、当時、経営学の講義などでも「CI活動」というのが話題になっていたように記憶している。

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【2015年2月13日12時25分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

クリーム色と臙脂色の細帯で新製された6000系、そして、7000系電車は、紺色とピンクのラインに変更されて。
確か、6000系は引退を目前にして臙脂色のオリジナル塗装に“復刻”された編成があった記憶があるが、なかなか撮りに行く機会もないまま、その最後の日を迎えたのだった。

その6000系、最後まで活躍したのが都営新宿線直通の「30番台編成」、そのクハ6438号車が保存され。
9年前の訪問時は、その最末期の“新カラー”のまま保存されていた。

でも...

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【2024年1月4日9時41分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

いつの間にか、懐かしい臙脂帯の姿に復元されており。しかも、ヘッドライトと識別灯点灯。
さらに、正面のスカートも外されており、90年代、高校生だった頃の<変態ガキ鉄>が、毎日見ていた、まさにあのスタイルに戻っていたのである。

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【2024年1月4日9時54分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

では、改めて「迎光」のヘッドマークを。
<変態鉄>が引っ越してくる少し前までは、6000系は京王線の最多勢力でありエースでもあった。“先代”が私鉄電車史上に残る名車、5000系なので、その影に隠れて地味な存在ではあるものの、京王線では初めての20メートル車体4ドア車、特急から各停、都営新宿線直通まで、京王線の10両編成から競馬場線などでの2連まで、オールラウンドに活躍していた。もちろん、「迎光」のヘッドマークを掲げて終夜運転に充当された年もあったはずである。

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【2024年1月4日9時54分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

「迎光」というのは...
元旦、初日の出にあわせて高尾山の山頂近くの大見晴台で、高尾山薬王院の僧侶による読経が行わるという「迎光祭」に由来する。
1968年(昭和43年)に高尾線が高尾山口駅まで全通し、高尾山のハイキングの足となったのを機に、1968年の大晦日...1969年の元日にかけて運転されたのが最初だとされている。

6000系の第一陣は1972年(昭和47年)に登場しており。つまり、「迎光」号の運転開始4年後。

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【2024年1月4日9時42分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

だから、最初の頃は5000系が充当されていた...と思われる。

新しい年を迎えて、3時から4時頃に新宿を出発する臨時急行電車が「迎光」号である。ちなみに、高尾山の初日の出は今年は6:48頃だったとのこと。
4時か5時頃に高尾山口駅に着いて、標高599 mの登頂...といってもケーブルカーやリフトで、かなり上の方まで行けるので歩く距離は短いが...。
初日の出をみることができるはずである。

6000系になってからは、都営新宿線からの直通の「迎光」号が設定された年もあって。

その姿を撮影できたのは、新年の撮影としては幸先良いスタートだったのである。

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【2024年1月4日9時41分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

さて、自分が小さかった頃、まだ京王線に乗る機会も無かった時代、京王線の電車は少し短めのライトグリーンの車体だった。

とはいえ、“湘南顔”の軽快なスタイルである。通称・グリーン車と呼ばれていたとのことで、いま8000系電車にこの姿をラッピングで再現した編成が運転されている。デハ2015号車、同線初のカルダン駆動車として製造された。

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【2024年1月4日9時45分】 東京都日野市程久保・京王れーるランド

このときは「絵馬電」のイベントが行われており...

この車両、ここでは珍しい車内公開をしている車両でもあって。裾絞りのない狭幅車体ながら、臙脂色のロングシートとクリーム色の化粧板、車内の様子は、90年代までの井の頭線3000系と通じる部分も多く。この2000系には乗ったことがないものの、何となく懐かしかったのである。

まぁ、同じような写真は9年前にも撮っているのだが...、改めて。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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