北条へキハに会いに(4)利晶の杜 [ちん電(阪堺電気軌道)]
<変態鉄>も昔、小学生だった(← 当たり前)、ちょうど、昭和が平成に変わった頃。そのとき、やはり、卒業文集というのがあったのだが、そこには「将来の夢」というのがあった。何となく覚えている。
そのとき、考古学者と書いたような気がする。日本史との出会いは「まんが日本の歴史」が自宅の本棚にあったことだった。やはり、当時の男の子たちに人気があったのは16世紀の戦国の世だが、<変態ガキ鉄>が興味を持ったのは古代だった。特に、多くの古墳がつくられた時代というのにロマンのようなものを感じて。
そういう意味でも、堺というのは重要な街であって。大山古墳...自分の頃は「仁徳天皇陵」だったが...などは、いつか見に行きたいと思っている。阪堺電車からは離れていて、宿院あたりで南海バスに乗り換えて向かうことになるのだが。ただ、残念ながら、大きな古墳はフツーに近くから眺めたら、小高い丘にしか見えない筈で。あの前方後円墳の形を実感したいのならヘリをチャーターするくらいしかない。
もし、あべのハルカス...では無くて「堺ハルカス」として、近鉄では無く南海が事業主体になって堺駅か堺東駅に超高層ビルを建ててくれていれば、古墳群をゆっくり眺めに行けたかも知れないが...、尤も、南海グループにそれだけの資金力があれば、子会社の阪堺も早い時期に超低床連接車に席巻され、モ161型車に生き残る余地はなかったかも知れないが。
それだけではなく、堺は歴史の街でもあって。中世以降は商業の街として独自の進化を遂げ。
阪堺電車が走る熊野街道沿いにもそういった栄華を偲ばせる...というか歴史を感じさせる建物なども残っており。堺の歴史に触れてみる...というのも、阪堺電車を撮りながら「いつか!!」と思っているテーマのひとつ。
でも、なかなかそれも叶わず...、次の訪問時は具体的にプランを詰めてから出かけたいものだが。
さて、そんな堺の街へ。
【2022年3月3日16時38分】 阪堺電軌上町線・天王寺駅前電停
お目当てのモ161形車が運用に入っていれば大コーフンだったが、この日は“空振り”。でも、先ほど天王寺駅前に戻る電車の中で...
…… ……
2022年3月3日(木)晴れ
浜寺駅前ゆきの電車を宿院電停で降りて...
【2022年3月3日14時20分】 阪堺電軌阪堺線・宿院電停
宿院の交差点を西へ、海の方へ5分ほど歩くと南海本線の堺駅に出る。数年前、このあたりのホテルをとって阪堺電車を撮り歩いたことがあって。
だから、場所は知っていたのだが...
【2022年3月3日15時05分】 大阪府堺市堺区宿院町西・さかい利晶の杜
訪れたのは「さかい利晶の杜」。ホームページには“堺の歴史と文化を体験できるミュージアム”とも書かれており。
なぜ、<鉄>活動で大阪を訪れていた<変態鉄>野郎が??
実は、車内に掲示されていた1枚のポスターが気になった。
手元の「てくてくきっぷ」の券面も。
阪堺電車のイラストと言えば、地元の工業デザイナー、はたなかひろし氏の“作品”が多く...
残念ながら、この春、亡くなられたということで。(この時点では知るよしも無く)
そのイラスト展が企画展示室で行われているとのことで。
そこには、例の阪堺モ161号車のクラウドファンディング、あの整備の際に取り外された車両部品等も展示とのことで。
急遽、訪問を決めたのだった。
ただ、こういう文化施設を訪問するのにカメラバッグに三脚というのは、ちょっと場違いで。エントランスで荷物一式を預かってもらうことになって。
ということで、館内には一部、撮影可能エリアもあったものの、1枚も撮ること無く。
与謝野晶子のゆかりの品の数々も見学して。阪堺電車が開業する頃の堺の街のこともちょっと知ることができて。
館内はあまり人が居ない時間帯だったようで、お目当ての企画展示室はほぼ独り占め状態で見学することができた。その「さかい利晶の杜」を1時間弱で後にして。
再び、宿院電停から浜寺駅前ゆきに乗り込んだのだった。
【2022年3月3日15時38分】 阪堺電軌阪堺線・石津-船尾
終点の浜寺が近づいてから、電車は石津川にかかる小さな橋を渡る。いつもは、東側から撮っているのだが、西側には線路のすぐ近くに道路橋があって。その路肩から撮ることができる...のは知っていたが、あまり撮ったことが無く。
次に、モ161形車の浜寺運用を撮る機会があったら、特に午後の遅い時間帯なら、この鉄橋で撮りたいと思っていたので、その“予行演習”として。
【2022年3月3日15時39分】 阪堺電軌阪堺線・船尾-石津
上下とも、スッキリと撮ることができる地点で。
石津電停はこの写真のすぐ左側。だから、この地点はもちろん電車のスピードも出ておらず。極めて撮りやすい場所である事を改めて実感して。
そして、石津電停から天王寺駅前に戻ったのだった。
【2022年3月3日16時38分】 阪堺電軌上町線・天王寺駅前電停
お目当ての電車には出会えなかったが、あっという間の1日が終わっていくのだった。
【2022年3月3日16時38分】 大阪メトロ御堂筋線・天王寺駅
そういえば、利用機会が多い割に、ホームドアが整備されていることもあってか、大阪メトロ御堂筋線というのを、ちゃんと撮ったことは...
天王寺駅の通路が、ちょうど良い撮影地だと気づいて。暗いもののISO値を上げて撮れば...
そんなわけで、夕方の混雑が始まった御堂筋線電車で新大阪のホテルに戻るのだった。
チェックインして。建物自体は古いようだが、外観、内装ともリフォームされているようで快適に過ごすことができた。
そして...
今回の部屋、眼下に広がる宮原操車場、そして、新大阪を出発する新幹線の高架を一望できる“トレインビュー”の部屋が当たったみたい。
ということで、夕暮れの空の下、新大阪を出発していく500系新幹線を。時刻から判断すれば「こだま865号」だろうか。
そんな部屋で、翌4日をどう過ごすか悩みながら、夜を過ごすのだった。(つづく)
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そのとき、考古学者と書いたような気がする。日本史との出会いは「まんが日本の歴史」が自宅の本棚にあったことだった。やはり、当時の男の子たちに人気があったのは16世紀の戦国の世だが、<変態ガキ鉄>が興味を持ったのは古代だった。特に、多くの古墳がつくられた時代というのにロマンのようなものを感じて。
そういう意味でも、堺というのは重要な街であって。大山古墳...自分の頃は「仁徳天皇陵」だったが...などは、いつか見に行きたいと思っている。阪堺電車からは離れていて、宿院あたりで南海バスに乗り換えて向かうことになるのだが。ただ、残念ながら、大きな古墳はフツーに近くから眺めたら、小高い丘にしか見えない筈で。あの前方後円墳の形を実感したいのならヘリをチャーターするくらいしかない。
もし、あべのハルカス...では無くて「堺ハルカス」として、近鉄では無く南海が事業主体になって堺駅か堺東駅に超高層ビルを建ててくれていれば、古墳群をゆっくり眺めに行けたかも知れないが...、尤も、南海グループにそれだけの資金力があれば、子会社の阪堺も早い時期に超低床連接車に席巻され、モ161型車に生き残る余地はなかったかも知れないが。
それだけではなく、堺は歴史の街でもあって。中世以降は商業の街として独自の進化を遂げ。
阪堺電車が走る熊野街道沿いにもそういった栄華を偲ばせる...というか歴史を感じさせる建物なども残っており。堺の歴史に触れてみる...というのも、阪堺電車を撮りながら「いつか!!」と思っているテーマのひとつ。
でも、なかなかそれも叶わず...、次の訪問時は具体的にプランを詰めてから出かけたいものだが。
さて、そんな堺の街へ。
【2022年3月3日16時38分】 阪堺電軌上町線・天王寺駅前電停
お目当てのモ161形車が運用に入っていれば大コーフンだったが、この日は“空振り”。でも、先ほど天王寺駅前に戻る電車の中で...
…… ……
2022年3月3日(木)晴れ
浜寺駅前ゆきの電車を宿院電停で降りて...
【2022年3月3日14時20分】 阪堺電軌阪堺線・宿院電停
宿院の交差点を西へ、海の方へ5分ほど歩くと南海本線の堺駅に出る。数年前、このあたりのホテルをとって阪堺電車を撮り歩いたことがあって。
だから、場所は知っていたのだが...
【2022年3月3日15時05分】 大阪府堺市堺区宿院町西・さかい利晶の杜
訪れたのは「さかい利晶の杜」。ホームページには“堺の歴史と文化を体験できるミュージアム”とも書かれており。
なぜ、<鉄>活動で大阪を訪れていた<変態鉄>野郎が??
実は、車内に掲示されていた1枚のポスターが気になった。
手元の「てくてくきっぷ」の券面も。
阪堺電車のイラストと言えば、地元の工業デザイナー、はたなかひろし氏の“作品”が多く...
残念ながら、この春、亡くなられたということで。(この時点では知るよしも無く)
そのイラスト展が企画展示室で行われているとのことで。
そこには、例の阪堺モ161号車のクラウドファンディング、あの整備の際に取り外された車両部品等も展示とのことで。
急遽、訪問を決めたのだった。
ただ、こういう文化施設を訪問するのにカメラバッグに三脚というのは、ちょっと場違いで。エントランスで荷物一式を預かってもらうことになって。
ということで、館内には一部、撮影可能エリアもあったものの、1枚も撮ること無く。
与謝野晶子のゆかりの品の数々も見学して。阪堺電車が開業する頃の堺の街のこともちょっと知ることができて。
館内はあまり人が居ない時間帯だったようで、お目当ての企画展示室はほぼ独り占め状態で見学することができた。その「さかい利晶の杜」を1時間弱で後にして。
再び、宿院電停から浜寺駅前ゆきに乗り込んだのだった。
【2022年3月3日15時38分】 阪堺電軌阪堺線・石津-船尾
終点の浜寺が近づいてから、電車は石津川にかかる小さな橋を渡る。いつもは、東側から撮っているのだが、西側には線路のすぐ近くに道路橋があって。その路肩から撮ることができる...のは知っていたが、あまり撮ったことが無く。
次に、モ161形車の浜寺運用を撮る機会があったら、特に午後の遅い時間帯なら、この鉄橋で撮りたいと思っていたので、その“予行演習”として。
【2022年3月3日15時39分】 阪堺電軌阪堺線・船尾-石津
上下とも、スッキリと撮ることができる地点で。
石津電停はこの写真のすぐ左側。だから、この地点はもちろん電車のスピードも出ておらず。極めて撮りやすい場所である事を改めて実感して。
そして、石津電停から天王寺駅前に戻ったのだった。
【2022年3月3日16時38分】 阪堺電軌上町線・天王寺駅前電停
お目当ての電車には出会えなかったが、あっという間の1日が終わっていくのだった。
【2022年3月3日16時38分】 大阪メトロ御堂筋線・天王寺駅
そういえば、利用機会が多い割に、ホームドアが整備されていることもあってか、大阪メトロ御堂筋線というのを、ちゃんと撮ったことは...
天王寺駅の通路が、ちょうど良い撮影地だと気づいて。暗いもののISO値を上げて撮れば...
そんなわけで、夕方の混雑が始まった御堂筋線電車で新大阪のホテルに戻るのだった。
チェックインして。建物自体は古いようだが、外観、内装ともリフォームされているようで快適に過ごすことができた。
そして...
今回の部屋、眼下に広がる宮原操車場、そして、新大阪を出発する新幹線の高架を一望できる“トレインビュー”の部屋が当たったみたい。
ということで、夕暮れの空の下、新大阪を出発していく500系新幹線を。時刻から判断すれば「こだま865号」だろうか。
そんな部屋で、翌4日をどう過ごすか悩みながら、夜を過ごすのだった。(つづく)
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2022-07-09 01:00
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