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まだ、西日本の電車が彩り豊かだった時代を <前編> [アナログ写真保存庫]

5月の大型連休は4泊5日で伯備線と阪堺電車を撮りに行った。初日を除いて天候にも恵まれ、「収穫の多い」日々となったが、帰ってきてから...
天候の関係もありそうだが、ちょっと体調がすぐれない感じ。久々に頭痛に悩まされている。

そんな中でも、仕事ではアレコレ。覚悟はできていたが休んだ分、休み明けに面倒なものが重なってしまうのは...、中小企業で働く会社員の“宿命”かも知れない。

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【2023年4月1日12時29分】 いすみ鉄道線・城見ヶ丘-上総中川

そんな中、大型連休は大阪に行ったので、こちらには立ち寄ることができなかった。
いすみ鉄道キハ52 125号車の定期営業運転が終了した。2011年の春に運行が始まって。キハ52 125号車にとって60年ほどの“車生”のうち、最後の10年余りを房総の地で過ごしたことになるわけで。

今後はイベント運行や団体貸切でしばらく走るようだが、そう遠くない将来、検査期限切れがやってくる。そのタイミングで正式に現役を引退することになるのだろうか。一方、国吉駅ではキハ28 2346号車の修復作業が始まっているようで。やはり、キハ52 125号車も国吉駅で一緒に保存されてほしい...と願っている<変態鉄>なのである。

さて、このキハ52 125号車。JR時代、最後の方は糸魚川に常駐して大糸線の南小谷 $301C 糸魚川間で運転されていた。越美北線時代からの白地に緑のストライプが入った塗装で。
末期には、旧国鉄色に塗り替えることになって、黄褐色と紺色の旧国鉄一般気動車色を纏っていたが...

JR西日本は、他の会社に比べて車体塗色が非常にバラエティ豊富だった。2000年代に入る頃から10年前くらい前までに撮った、カラフルな車両たち。
HDDにあったスナップ写真から、それらをランダムに振り返ってみたい。


……  ……

伯備線を撮りに訪れた岡山エリア。

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【2009年6月25日10時44分】 山陽本線・新倉敷駅

水島臨海鉄道キハを撮りに訪れた際に“ヒマ潰し”のために、新倉敷駅まで往復したことがあった。

案内板のフォントや0系新幹線の図柄にも時代を感じてしまう。山陽新幹線の、「のぞみ」号が停まらない駅だと、意外とこのタイプの案内板が残っている印象があるのだが、新倉敷駅のこの看板は健在だろうか。

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【2009年6月25日10時52分】 山陽本線・新倉敷駅

分割民営化当初から10年くらい前まで、まさに“雨後の筍”の如く、増えに増えたカラーバリエーション。その中で、この“カフェオレ色”と呼ばれたカラー、これは自分としては気に入っていた。この塗装のまま残してくれればよかったのに、後に“末期色”になるのである。

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【2009年6月25日11時08分】 山陽本線・新倉敷駅

でも、だからといって、すべてが地域色化されていた訳ではなく。
同じ時に、フツーに湘南色の113系も撮っている。最近でこそ、リバイバル塗装として115系の湘南色が走っている岡山管内だが、当時、湘南色というのは...

京都あたりからの転属車だったのだろうか。

さて、その“カフェオレ色”。広島地区のものだけは色調が違っており。

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【2002年3月18日】 呉線・呉駅

広島のものは、他所に比べて茶色部分が濃くて、そして、白い部分が真っ白。
(岡山などはクリーム色っぽい感じだった)

コレ、2002年の春に呉線に乗ったときのものだが、当時の呉線、半分くらいの列車は103系での運転。こちらにあたると、ちょっとガッカリだった記憶。

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【2002年3月18日】 呉線・天応駅

でも、珍しくちゃんと記録しているのである。この写真、よく見ると、低運転台のクハ103形...というだけではなく、客窓がユニットサッシ化される前の「R付き」のタイプ。戸袋窓の埋め込みは行われているものの、こうした初期車がまだまだ幅を効かせていたのも、この当時の日常だっただろうか。

これ以前には、岡山地区にもマスカット色の103系がいて、山陽本線を走っているのを見たような気もするが、あいにく写真は撮っていない。

103系は末期色化される以前にこの地区から引退したので、真黄色の103系は出現しなかったと思うのだが、カフェオレ色の電車たちは、くすんだ黄色の単色塗りにされてしまう。

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【1998年3月15日】 山陽本線・福山駅

その“末期色”になってほしくなかったのは、岡山地区で余生を送っていた117系。マホガニー色の内装などに、国鉄時代、新快速のエースとして登場したときからの風格は残っていた。

水島臨海鉄道を訪れるときも、倉敷までこの電車が来ると“ラッキー”だった。岡山 $301C 福山間の快速「サンライナー」号として専用塗装で活躍。
快速停車駅に無人駅がなかったこともあってか、「サンライナー」号、117系4連だったが早々にワンマン化されており。JRでの“都市型ワンマン”が珍しかった時代、駅に停車すると運転士さんが立ち上がってドア操作を行っているのに、ちょっと驚いた記憶。

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【2009年6月25日11時02分】 山陽本線・新倉敷駅

そして、登場時からのカラーが黄色だったのが105系。福塩線の運用だったが、出入庫の関係で福山 $301C 岡山間の山陽本線ローカルにも充当されており。

この車両は“末期色”になる前の、黄色に青帯のオリジナルカラーだが、よく見れば延命工事を受けて、窓枠など車体外観が大きく変わっている。

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【1998年3月15日】 福塩線・府中駅

そんなオリジナルカラーの105系、延命工事実施前の姿のときも撮っていた。

南半分が電化区間、北半分が非電化区間という福塩線、途中の府中駅でキハ120形単行に乗り換えになる。そのときのスナップ。
奥に見えているキハ120形も、少し車体帯の感じが異なっている。

というわけで、今日、明日はちょっと古い写真から。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

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