SSブログ

中京の3セク路線を巡って(7)再び、愛環線で。 [保存車・博物館・廃線跡]

本当は今日は<速報版>にする予定だった。北陸地方の某都市(笑)のホテルにて。予定を全てキャンセルして会社に向かうしかなかったのである。
まぁ、どうせ自分の趣味活動は単独行なので、来週でも大丈夫。しかも、<乗り鉄>主体のスケジュールにしているので、雨でも気にしないのである。ヒコーキや列車のダイヤに影響が出ない天候なら何でも大丈夫。ということで、来週こそ行きたいと思っているし、久々の小湊キハも...、“出撃”できる日のことを思いながら会社に向かうのが、会社員<鉄>の唯一の心の支えなのである。

さて、引き続き1月に中京圏の第3セクター鉄道を巡った話。

071_msi00003646.JPG
【2022年1月8日10時10分】 愛知環状鉄道・高蔵寺駅

2日目となった1月8日、朝イチで訪れたのは愛知環状鉄道だった。国鉄の特定地方交通線から転換された3セクの中では異例中の異例とも言える“優等生”。全線電化、一部区間は転換後に複線化され、平日(某自動車メーカーの操業日程に合わせた変則日程)ダイヤの朝ラッシュ帯には7~8分間隔で電車が発着するという路線である。
その途中、新豊田駅で下車して訪れたのが、平芝坂の上公園、かつての豊田市交通公園、9年前には工事用のフェンス越しに遠巻きに眺めただけの保存車は、公園の改修後もフェンス越し。でも、以前よりは近づいて撮れるようになっており。

……  ……

2022年1月8日(土)晴れ

その平芝坂の上公園、前身の豊田市交通公園だった当時から保存車が。自分にとって“メイン”は名古屋市電1814号車。“無音電車”の貴重な保存車だった。そして、もう1両はデコイチ、D51型蒸気機関車である。まさに国鉄蒸機の代名詞、1,000両以上が製造され北海道から鹿児島まで全国で走っていたので、保存例も多いのだが...
だから...だろうか、余程の拘りがない限り、公園への設置を決めた時点での廃車を国鉄から譲り受けて(※ 扱い上は「貸与」が殆ど)、設置している例が多く。ということで、最後まで蒸気機関車が残った北海道の、密閉キャブや切り詰めデフといった、北海道仕様の個体が本州の公園に保存されているケースが多い。でも...

068_msi00003632.JPG
【2022年1月8日9時08分】 愛知県豊田市栄町・平芝坂の上公園

平芝坂の上公園に保存されているのは、849号機。後半の番号である事からも戦時体制になってからの新製で。そんなことも手伝ってか、国鉄工場でも機関車の製造が行われていた時期。
この849号機は1943年(昭和18年)9月に国鉄浜松工場で新製されている。新製配置は名古屋局、その後は稲沢、多治見、中津川を転属しながら。最終配置は中津川機関区、1972年5月に中央西線のSL最終列車の牽引を担当して同年中に廃車となっている。
主に中央本線で活躍した個体とのことで、地元ゆかりの機関車である。

072_msi00003633.JPG
【2022年1月8日9時08分】 愛知県豊田市栄町・平芝坂の上公園

いろいろ調べてみると、伊勢湾台風で東海道本線が甚大な被害を受けた際には、電化されていた東海道線の電車特急を蒸機牽引で運行、このD51 849号機も「こだま」の先頭に立ったのだとか...

ということで、東海道線と中央線を結ぶ愛環線の中間点、豊田市に保存されているのは、ちょうど良い場所なのかも。

073_msi00003635.JPG
【2022年1月8日9時10分】 愛知県豊田市栄町・平芝坂の上公園

こちらも、保存会を中心に整備が進められており、ランボードに白線が入った機体は黒光りしており状態は良好。

ただし、来歴などを記した説明板などは見つけることができず。いつか、公開が行われる日に再訪したいと思っている。

074_msi00003636.JPG
【2022年1月8日9時10分】 愛知県豊田市栄町・平芝坂の上公園

ということで、9年前に見ることができなかった保存車、そのリベンジが...。
これも今回の大きな“収穫”。
徒歩だと愛環梅坪駅の方がちょっと近いそうだが、ここは新豊田駅に戻ることにして。

075_msi00003637.JPG
【2022年1月8日9時30分】 愛知県豊田市若宮町・新豊田駅前

駅から公園までは丘陵地の坂を登ってくる感じだったので、帰り道は下り坂。予定よりも少し早く9時半には新豊田駅。
こちら側が正面だろうか、帰りはペデストリアンデッキから。

さて、この記事を書くにあたって、ようやく(??)、気になって調べてみたのが、この愛知環状鉄道のなりたち。この路線は開業も遅く1976年開業の国鉄岡多線(岡崎-瀬戸)に端を発する。そもそも、なぜ、岡崎-高蔵寺間の愛環線、旧線名も「岡高線」で良かったのではないか?? と、自分はそんなことを疑問に思っていたのである。

076_msi00003638.JPG
【2022年1月8日9時32分】 愛知環状鉄道・新豊田駅

ただ、これは...
当初の計画では、岡多線は、本当に岡崎-瀬戸市-多治見間を結ぶ予定で、それと別途、瀬戸線として高蔵寺-瀬戸市間。ただし、瀬戸市-多治見間は本格的な建設工事も進められることなく、現実には、岡多線と瀬戸線を一体にした、現在の愛環線のルートで計画され...
1976年に岡多線の区間が全線電化で開業したが、運転本数も少なく、また、開業から間もなく情勢の変化で、アテにしていた豊田からの自動車輸送の貨物列車も廃止になってしまい...、運転区間が中途半端で、また、沿線の宅地化もそれほど進んでいなかった時代、第3次特定地方交通線に指定され、JR東海にいったん承継されたあと、1988年1月、高蔵寺までの瀬戸線として建設が進められていた区間の開業により、岡崎-高蔵寺間が繋がるのとともに第3セクターに転換された...という。
「たら・れば」にはなるが、全線開業がもう少し早くて、そして宅地化が進んでいれば、もしかしたら、いまも、JR東海の路線だったのではないか...と。そんな感じである。尤も、現実には国鉄時代の岡多線は数値でみれば収支はかなり厳しい水準で、将来性のある路線と言うことは分かっていただろうが、国鉄という大きな組織として例外を1つでもつくれば、全国の廃止対象路線を抱えた地域から不満の声が噴出して収まりが付かなくなるのは十分考えられる訳で。
「仕方なかった」ということかとは思うが...
伊勢線とココはJR東海が引き受けておけば、中京圏の鉄道ももう少し違っていたかも知れない。

077_msi00003639.JPG
【2022年1月8日9時34分】 愛知環状鉄道・新豊田駅

2005年の日本国際博覧会(愛・地球博 / 愛知万博)輸送のため、JR中央線からの直通運転が開始され、本数は減ったものの現在も、定期運用で、中央線からJR車が乗り入れている。さらに、トヨタ自動車の従業員の通勤輸送の区間列車増発に際して一部区間が複線化されたり...
コロナ禍による落ち込みはあるだろうが、基本的に黒字決算を続けている3セク鉄道では異例の存在である。

新豊田駅 9:36発の高蔵寺ゆき、第1135H列車は、2102号車。

071_msi00003646.JPG
【2022年1月8日10時10分】 愛知環状鉄道・高蔵寺駅

愛環梅坪駅を過ぎると豊田市の中心部を離れ、田畑が中心の少し長閑な車窓が瀬戸市の手前まで。
愛環線の列車は車掌乗務で運行されているが、車掌さんは車内改札などに専念し、ドア操作は運転士が行っているのだろうか???

終点・高蔵寺駅には10:10着。JR中央線のホームと並んでおり。

078_msi00003640.JPG
【2022年1月8日10時13分】 中央本線・高蔵寺駅

すぐの接続、10:18発の快速・多治見ゆき。名古屋市中心部から遠ざかる方向の列車だけあって、車内は空いていた。(つづく)

(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。

あなたの「ポチッ!」こそが、励みになります。あっ、あと、「nice!」も。
にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村

nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 5

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。