2021/10 倉敷へ、鳥取へ(16)津山駅 [保存車・博物館・廃線跡]
朝一番で出かけて、帰宅できるのは22時過ぎ、という生活が続いている。ということで、なかなかブログの更新も、皆さんのブログへの訪問もできない状況が続いており。何とかこの状況を...と思うものの、なかなか。
思えば、社会人になって以来、ほとんどの時間を「いつか辞めてやる!!」と思いながら会社に通う日々を送っている。カッコよく退職届を叩きつけて...それだけを夢見て会社員生活をしている、ダメ人間が<変態鉄>なのである。
ということで、撮影記の方は、まだまだ10月の話題。
【2021年10月21日10時17分】 津山線・津山駅
福渡の旭川鉄橋で“11年越しのリベンジ”、津山線キハの姿を撮った後は、その福渡駅から引き続き、キハ40形のワンマン列車で津山駅へ。
ここで12時発の路線バスを待つのだが...
…… ……
2021年10月21日(木)晴れ
ちょっと早すぎた...が、実は津山で“寄り道”したいところがあって。その用事を済ませたら...
【2021年10月21日11時37分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
岡山県北部...つまり、美作の中心地が津山。サクラの名所でもある城址は駅からは吉井川の対岸、歩いて20分ほどのところだろうか。何度か降りたこともあるが、懐かしい街並みがよく残っている...と、そういえば、聞こえが良いが、つまり、ストレートに言えば「寂れた地方都市」、そのものである。
それでも、90年台まで津山駅は陰陽連絡の主要ルートだった因美線・津山線の乗り入れる駅として、まさに“鉄道の要衝”だったが、智頭急行線の開業でローカル列車がやってくるだけの駅となり、街自体も何だか活気がないような。
駅舎は国鉄時代の主要駅としての雰囲気をよく残しており。
【2021年10月21日11時38分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
でも、数年の間に駅前広場はキレイに整備され。駅の向かい側にあったバスターミナルも駅前広場に移転しており、市内の小学校で静態保存されていた蒸機も駅前ロータリーに移設の上、再整備された。
【2021年10月21日11時39分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
ということで。前回、訪れたときは“整備中”といった感じだった。C11 80号機である。東武鉄道やJR北海道でも現役で走っているので、C11型自体は珍しいモノではないが、掲げられている説明板によれば、津山線のサヨナラSLの臨時列車牽引の任にもあたったとのこと。
新製は、1935年(昭和10年)10月、日立製作所笠戸工場、新製配置は四国の松山だったとのこと。戦争が激しくなる頃に備後三日市(三次)へ転属、終戦後まもなく、1948年(昭和23年)7月8日付けで津山に転入している。いま、「まなびの鉄道館」になっている、あの扇形機関庫で休んだのだろうか。
【2021年10月21日11時38分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
全体に磨き出されて、そして前面には金色の装飾が付けられているが、1963年(昭和38年)岡山国体に伴うお召し列車牽引機に抜擢された経歴の持ち主。
SLについてはド素人の<変態鉄>だが、この装飾された姿は、お召し仕様を再現したものと思われる。
前述のように、1971年(昭和46年)3月24日に津山線のサヨナラSL列車を牽引。その後、会津若松に転じ、会津線などで活躍。喜多方から分岐していた日中線でもSLサヨナラ列車牽引の任にあたったのだから、なかなかスゴい経歴の持ち主。
会津地方の無煙化で、とうとう1975年(昭和50年)1月24日付、会津若松で廃車となった。
【2021年10月21日11時39分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
現役は40年間、そのうち、25年間を津山で過ごしていたので、津山で保存されるのはこの機関車にとっては自然なことで。
ただ、ここまで考えて保存機を選定しているのは珍しいようにも思える。全国の公園などの保存蒸機の中には地元には縁もゆかりもなく、公園を整備するときに国鉄に打診したら...というのが多く、最後までSLが走った北海道の蒸気機関車が本州で多く保存されている。
わざわざ、津山での活躍が長い個体を“指名”して会津若松から“里帰り”させて保存したあたり、何だか、当時、保存に尽力した方たちの拘りを感じる。
津山で長らく活躍していたこと、その間、お召し列車牽引機に抜擢されたこと、たぶん、津山機関区のエース的存在、同一形式でも個体差が激しいと言われる蒸気機関車の中で、かなり、状態良好な個体として機関区で好まれていたのだろうと予想される。
と、コレは<変態鉄>の妄想に過ぎないが。
【2021年10月21日11時40分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
駅前広場に佇む1両の保存蒸機を見て、そんなことを妄想しているのも、ちょっと危ないオトコである。
その凜々しいお召し姿で佇むC11、保存状態も概ね良好に映るが、残念なのは露天での保存である点。磨き出されたお召し仕様のボディには無数の白いスジ。これはたぶん、鳥の“落とし物”によるものだと思われ。
せっかくなので、キレイな姿を保って欲しいと願うのだった。
そんなSLを背に、駅の方へと横断歩道を渡った先には...
【2021年10月21日11時41分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
大きな看板が1枚。
<鉄>にとって津山と言えば扇形機関庫だが、一般の方にとっては、こちらの方が有名な筈で。稲葉さんの方が、この津山のご出身、学生時代をこの街で過ごしていたということで。
【2021年10月21日11時42分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
そちらもスナップして...
この間、駅ヨコのホテルに併設されたファミレスで、遅めの朝食というか早めの昼食というか、よく分からない食事を済ませたら、駅前のバス乗り場で吉ヶ原・高下ゆきの中鉄北部バスを待ったのだった。(つづく)
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思えば、社会人になって以来、ほとんどの時間を「いつか辞めてやる!!」と思いながら会社に通う日々を送っている。カッコよく退職届を叩きつけて...それだけを夢見て会社員生活をしている、ダメ人間が<変態鉄>なのである。
ということで、撮影記の方は、まだまだ10月の話題。
【2021年10月21日10時17分】 津山線・津山駅
福渡の旭川鉄橋で“11年越しのリベンジ”、津山線キハの姿を撮った後は、その福渡駅から引き続き、キハ40形のワンマン列車で津山駅へ。
ここで12時発の路線バスを待つのだが...
…… ……
2021年10月21日(木)晴れ
ちょっと早すぎた...が、実は津山で“寄り道”したいところがあって。その用事を済ませたら...
【2021年10月21日11時37分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
岡山県北部...つまり、美作の中心地が津山。サクラの名所でもある城址は駅からは吉井川の対岸、歩いて20分ほどのところだろうか。何度か降りたこともあるが、懐かしい街並みがよく残っている...と、そういえば、聞こえが良いが、つまり、ストレートに言えば「寂れた地方都市」、そのものである。
それでも、90年台まで津山駅は陰陽連絡の主要ルートだった因美線・津山線の乗り入れる駅として、まさに“鉄道の要衝”だったが、智頭急行線の開業でローカル列車がやってくるだけの駅となり、街自体も何だか活気がないような。
駅舎は国鉄時代の主要駅としての雰囲気をよく残しており。
【2021年10月21日11時38分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
でも、数年の間に駅前広場はキレイに整備され。駅の向かい側にあったバスターミナルも駅前広場に移転しており、市内の小学校で静態保存されていた蒸機も駅前ロータリーに移設の上、再整備された。
【2021年10月21日11時39分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
ということで。前回、訪れたときは“整備中”といった感じだった。C11 80号機である。東武鉄道やJR北海道でも現役で走っているので、C11型自体は珍しいモノではないが、掲げられている説明板によれば、津山線のサヨナラSLの臨時列車牽引の任にもあたったとのこと。
新製は、1935年(昭和10年)10月、日立製作所笠戸工場、新製配置は四国の松山だったとのこと。戦争が激しくなる頃に備後三日市(三次)へ転属、終戦後まもなく、1948年(昭和23年)7月8日付けで津山に転入している。いま、「まなびの鉄道館」になっている、あの扇形機関庫で休んだのだろうか。
【2021年10月21日11時38分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
全体に磨き出されて、そして前面には金色の装飾が付けられているが、1963年(昭和38年)岡山国体に伴うお召し列車牽引機に抜擢された経歴の持ち主。
SLについてはド素人の<変態鉄>だが、この装飾された姿は、お召し仕様を再現したものと思われる。
前述のように、1971年(昭和46年)3月24日に津山線のサヨナラSL列車を牽引。その後、会津若松に転じ、会津線などで活躍。喜多方から分岐していた日中線でもSLサヨナラ列車牽引の任にあたったのだから、なかなかスゴい経歴の持ち主。
会津地方の無煙化で、とうとう1975年(昭和50年)1月24日付、会津若松で廃車となった。
【2021年10月21日11時39分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
現役は40年間、そのうち、25年間を津山で過ごしていたので、津山で保存されるのはこの機関車にとっては自然なことで。
ただ、ここまで考えて保存機を選定しているのは珍しいようにも思える。全国の公園などの保存蒸機の中には地元には縁もゆかりもなく、公園を整備するときに国鉄に打診したら...というのが多く、最後までSLが走った北海道の蒸気機関車が本州で多く保存されている。
わざわざ、津山での活躍が長い個体を“指名”して会津若松から“里帰り”させて保存したあたり、何だか、当時、保存に尽力した方たちの拘りを感じる。
津山で長らく活躍していたこと、その間、お召し列車牽引機に抜擢されたこと、たぶん、津山機関区のエース的存在、同一形式でも個体差が激しいと言われる蒸気機関車の中で、かなり、状態良好な個体として機関区で好まれていたのだろうと予想される。
と、コレは<変態鉄>の妄想に過ぎないが。
【2021年10月21日11時40分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
駅前広場に佇む1両の保存蒸機を見て、そんなことを妄想しているのも、ちょっと危ないオトコである。
その凜々しいお召し姿で佇むC11、保存状態も概ね良好に映るが、残念なのは露天での保存である点。磨き出されたお召し仕様のボディには無数の白いスジ。これはたぶん、鳥の“落とし物”によるものだと思われ。
せっかくなので、キレイな姿を保って欲しいと願うのだった。
そんなSLを背に、駅の方へと横断歩道を渡った先には...
【2021年10月21日11時41分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
大きな看板が1枚。
<鉄>にとって津山と言えば扇形機関庫だが、一般の方にとっては、こちらの方が有名な筈で。稲葉さんの方が、この津山のご出身、学生時代をこの街で過ごしていたということで。
【2021年10月21日11時42分】 岡山県津山市大谷・津山駅前
そちらもスナップして...
この間、駅ヨコのホテルに併設されたファミレスで、遅めの朝食というか早めの昼食というか、よく分からない食事を済ませたら、駅前のバス乗り場で吉ヶ原・高下ゆきの中鉄北部バスを待ったのだった。(つづく)
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