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宗吾参道車両基地見学ツアー_20210117(7)保存車 <その2> [保存車・博物館・廃線跡]

今日は勤務で渋谷に行っていたが、あのスクランブル交差点、久々に地下鉄の出口を超えて、その先まで信号待ちの行列ができていて。暖かい陽気も手伝ってか、コロナ禍前に戻ったかのような人出だった。
自分は、政府や東京都が言う“緊急事態宣言”とか“自粛要請”とか、そういったものの効果というのは、かなり限定的なのでは無いかと思っている。
つまり、「ガースーが...」「東京都が...」で行動を決めているのでは無く、意外と自主的に...というか、周囲を見ながら行動を決めている人が多いのでは無いか...と。

「もうしばらく緊急事態宣言を継続する必要がある」というような報道になってきているが、たぶん、このまま3月になると誰が何と言っても都心部の人出は増加して...
そんなことを考える今日この頃。帰りの井の頭線の電車内も、心持ち、人が少ない気はするものの21時台くらいまでは、徐々にコロナ禍前の状況に戻りつつあるような気がする。
そして、<変態鉄>も。来週になれば、少しだけ仕事が落ち着いてくる予定。徐々に趣味活動を再開していきたいと思っている。

ということで、1月17日の京成電鉄・宗吾参道車両基地でのイベントの話題。

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【2021年1月17日11時43分】 京成電鉄・宗吾車両基地

先代、先々代の「スカイライナー」と同様に、この日、<変態鉄>が楽しみにしていたのが、青電と赤電。
10年ほど前、復刻塗装として走っていたはずだが、そのときは「いつか撮りたい」と思いつつ...といういつものパターンで撮れずじまいだった。

……  ……

2021年1月17日(日)曇り

昨日の記事で取りあげたブリル台車のとなりにいるのが「青電」、モハ200形204号車。屋根が深くて丸みのある、一昔前の京成電車らしいスタイルで保存されているのが

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【2021年1月17日11時23分】 京成電鉄・宗吾車両基地

でも、この電車、京成電車が走り出して間もなく製造された電車である。ネットで検索して、このモハ200形の旧車体の写真を見つけたが、白黒写真で見ると旧型国電とよく似た雰囲気。国鉄よりも軌間が広い上に(当時は1,372 mm軌間)、車体がちょっと短いので17 m国電のリベット無しのタイプのような...
そんな感じを受ける1枚を見つけたのだった。ただ、旧型国電よりも鈍重な感じがしたのは、前面の雨樋が一直線の...国電でも中間車の運転台取付け改造車にあったようなスタイルである点だろうか。

この車輌の新製時の特徴は、左右のドア配置が異なっていたこと...だそうで。実際には点対称な配列だったということだが、ワンマン運転を前提に新製されたディーゼル動車...例えば、NDCシリーズなどで運転台側と助士席側でドア位置が違う車輌などはよく見かけるが、3扉の通勤型電車だと、どんな感じになるのだろうか。

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【2021年1月17日10時54分】 京成電鉄・宗吾車両基地

1965年(昭和40年)頃に車体更新を受けて、この姿になったという。<変態鉄>が生まれる頃に京成での現役を終え、その時点でも長生きの車輌だが、大半が新京成線に譲渡され、ベージュのツートンカラーになって平成になるまで活躍したとのこと。
廃車後、京成への“里帰り”を果たし、昭和40年頃、いまの車体になった当時の姿に復元されて“会社遺産”として保存されたとのこと。

しかし...

上屋の影が車体の奥側半分だけを...明暗差が激しく写真を撮るのには苦労したのだった。RAW現像の際に思いっきり弄っている。

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【2021年1月17日10時55分】 京成電鉄・宗吾車両基地

この日は保存車も撮影会の車輌も、幕回しやヘッドマーク交換などは一切、行わない旨、最初に案内されていたのだが...

側面がちに撮った上の写真と、この写真、同じモハ204号車の記録写真だが、違いがあるのにお気づきだろうか。

そう...

行き先が違うのである。でも、前サボを交換したわけでは無くて...

よく見ていただくと京成の旧型電車の前面サボ、真ん中でタテに2枚に分かれており、中央にヒンジのような...半円形の金具が見えるのである。
ちょうど、文具の、バインダーをタテにひろげたみたいな。

そう、一部、私鉄で見られたブックレット型の前サボである。「千葉」と「青砥」では暗緑色の部分の形が違うのも特徴。視認性向上ということだろうか。

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【2005年2月頃】 名鉄田神線(当時)・競輪場前電停付近

自分が見た中では、やはり、名鉄電車。でも、当時、あまりカメラをむけておらず。あの真紅のパノラマカー、前面の“逆富士型表示板”もブックレット型だった。
岐阜600V線の旧型電車は一般的な差し替えるタイプのものだったが、美濃町線のモ600形だけはブックレット型。

ただ、京成と名鉄の違いは開く向き。名鉄は見たことあるもの全てヨコに...まさに本を読むような感じで変えるタイプ。
美濃町線に乗ったとき、終点に付くと乗務員さんが線路に下りて、パタンとめくっているのを見た記憶がある。

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【2005年2月頃】 名鉄田神線(当時)・競輪場前電停付近

ちなみに、市内線のモ570形は四角いサボ受けに板状のサボを挿入する、一般的なタイプ。

珍しく「回送」を撮っているが、普段は「新岐阜 ←→ 忠節」か「岐阜駅前 ←→ 忠節」を挿していて、運用中に切り替える場面はあまり無かった。
90年代当時、「岐阜駅前ゆきも新岐阜駅前で運転を打ち切ることがあります」と停留所にも書かれており、確か、岐阜駅前電停の案内板には“新岐阜駅前まで歩いた方が良い”という旨の注記があった気がする。一応、岐阜駅前まで乗ったこともあったのだが...
JR岐阜駅の高架化工事に合わせて休止になって、そのまま岐阜600V線自体が全廃になって。

その岐阜駅前電停の写真、実家のどこかに埋もれているのだが...

さて、京成の話題だったのが、話が逸れている。

話を「青電」に戻して、この日、もう1つ撮ることができたのは上野ゆき。

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【2021年1月17日10時56分】 京成電鉄・宗吾車両基地

こちらは白色の部分が三角形になっている。
「動かない電車など電車じゃ無い」ということだろうか、参加者の中に保存車を見学している人は意外と少ないように感じた。

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【2021年1月17日11時42分】 京成電鉄・宗吾車両基地

でも、青電ともう1両、都営地下鉄浅草線への直通運転に合わせて暗緑色から一転、燃えるようなオレンジとクリーム色のツートンカラーになって。
こちらが「赤電」、鉄道誌の写真で何度も見た、<変態鉄>もよく知っているカラーなのである。(つづく)

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