♪ ハーバーライトがぁ... (2000年3月、長崎駅にて) [アナログ写真保存庫]
♪ 朝日に変る~ぅ そのとき、1羽の...
そう、「かもめ」である。蒸気機関車が牽引する特別急行として設定されて以来...
<変態鉄>がそんなことを知ることになるのは、本の中でのこと。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
<変態鉄>の世代では、特急「かもめ」といえば長崎本線の特急列車である。
初めて乗ったときの「赤いかもめ」の印象が強い。すでに車齢の高かった485系。
でも、真っ赤な車体でも、他の特急とは違って車体側面には「かもめ」の
エンブレムが付いていた。車内は黒いシートに交換され...
「ワイド周遊券」で九州島内を巡った学生時代、数えられない位、乗車した。
そんな485系「赤いかもめ」号にも置換えの時期が迫っていた。
でも、このときは...
長崎ゆきと佐世保ゆきを併結して走る特急寝台「あかつき」号が...
写真よりも「ハイケンスのセレナーデ」が流れる、その伝統列車の車内放送を
記録するべく、2000年3月、ダイヤ改正の直前に長崎に向かったのだった。
そのときに「かもめ」号も...
…… ……
この日の長崎は天気予報の通り雨。
そういえば、今日の記事の写真を撮った後、佐世保まで「シーサイドライナー」に
乗って。そう、青いキハである。
その車内に...
愛用していた傘を置き忘れてきた。そんな記憶が。
さて、雨の長崎駅でちょっと時間が余ってしまって。
駅ホームでテキトーにスナップしていたら。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
向こうの方から、見慣れない真っ白の電車が入ってきたのである。
その「あかつき」号の縮小(佐世保編成の廃止と「彗星」併結化)と同時に
新型885系「白いかもめ」号がデビューする...という情報はあったが、
まさか実見できるとは。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
当時、インターネットはフツーの存在だったが、まだ自宅のパソコンはISDNの
電話線(!!)を介してネットに接続していた。掲示板はあったがSNSというのは
まだ一般的な存在では無く。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
情報収集という側面では、いまとは隔世の感が。
あと数日後のデビューに向けて、試運転中に出くわしたのだろうか??
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
885系「白いかもめ」号はゆっくりと長崎駅のホームに入って所定の停車位置へ。
「新型車には興味が無い」と言いつつも、デビュー前の新型特急に出くわせば
カメラをむけずに居られないのが、<ミーハー鐵>の<変態野郎>である。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
ホーム上でアレコレ観察して。
こんな意味不明な写真も撮っている。ホント、意味不明..だが、20年前には。
確かにあったのだが、シングルアーム式のパンタグラフというのはまだまだ
珍しい存在だった。電車の屋根に載っているパンタグラフと言えば菱形が
標準だった時代。むしろ、フツーのタイプか“下枠交差型”なのかが分類上
重視されるポイントだった。自分は大きめのパンタが好きだったので、
(珍しく)機関車を撮ったとき、下枠交差型のパンタを積んだ直流機は“ハズレ”
だったのだが...
だから、新型パンタは、最新型の電車である証拠だと感じたのだった。
いまなら菱形を探す方が大変なのに...
そんな中...
ぬぁんと...
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
ドアが開いて。
ホント、偶然。デビューを控えた新型特急電車がやって来たと思えば...
デビュー前の車輌公開イベントだったのである。
さっそく、車内へ。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
車内は黒革のシートが並んでおり。当時、JR九州の特急型車輌のデザインには
定評があったが、それでも、普通車を含めて革張りシートはちょっと驚いて。
いきなりのことに、大コーフンだった新型電車の公開イベントだったのである。
いまでは、ちょっとTwitter でも見ていれば、いろいろな情報が得られて。
でも、この当時は、まだまだ旅先で「意外なこと」「サプライズ」に出会うことが。
「クソーっ!!」と地団太踏むことも少なくなかったが、逆に、こういうことも
あって。いまでも、懐かしく思い出されるのである。
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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そう、「かもめ」である。蒸気機関車が牽引する特別急行として設定されて以来...
<変態鉄>がそんなことを知ることになるのは、本の中でのこと。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
<変態鉄>の世代では、特急「かもめ」といえば長崎本線の特急列車である。
初めて乗ったときの「赤いかもめ」の印象が強い。すでに車齢の高かった485系。
でも、真っ赤な車体でも、他の特急とは違って車体側面には「かもめ」の
エンブレムが付いていた。車内は黒いシートに交換され...
「ワイド周遊券」で九州島内を巡った学生時代、数えられない位、乗車した。
そんな485系「赤いかもめ」号にも置換えの時期が迫っていた。
でも、このときは...
長崎ゆきと佐世保ゆきを併結して走る特急寝台「あかつき」号が...
写真よりも「ハイケンスのセレナーデ」が流れる、その伝統列車の車内放送を
記録するべく、2000年3月、ダイヤ改正の直前に長崎に向かったのだった。
そのときに「かもめ」号も...
…… ……
この日の長崎は天気予報の通り雨。
そういえば、今日の記事の写真を撮った後、佐世保まで「シーサイドライナー」に
乗って。そう、青いキハである。
その車内に...
愛用していた傘を置き忘れてきた。そんな記憶が。
さて、雨の長崎駅でちょっと時間が余ってしまって。
駅ホームでテキトーにスナップしていたら。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
向こうの方から、見慣れない真っ白の電車が入ってきたのである。
その「あかつき」号の縮小(佐世保編成の廃止と「彗星」併結化)と同時に
新型885系「白いかもめ」号がデビューする...という情報はあったが、
まさか実見できるとは。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
当時、インターネットはフツーの存在だったが、まだ自宅のパソコンはISDNの
電話線(!!)を介してネットに接続していた。掲示板はあったがSNSというのは
まだ一般的な存在では無く。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
情報収集という側面では、いまとは隔世の感が。
あと数日後のデビューに向けて、試運転中に出くわしたのだろうか??
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
885系「白いかもめ」号はゆっくりと長崎駅のホームに入って所定の停車位置へ。
「新型車には興味が無い」と言いつつも、デビュー前の新型特急に出くわせば
カメラをむけずに居られないのが、<ミーハー鐵>の<変態野郎>である。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
ホーム上でアレコレ観察して。
こんな意味不明な写真も撮っている。ホント、意味不明..だが、20年前には。
確かにあったのだが、シングルアーム式のパンタグラフというのはまだまだ
珍しい存在だった。電車の屋根に載っているパンタグラフと言えば菱形が
標準だった時代。むしろ、フツーのタイプか“下枠交差型”なのかが分類上
重視されるポイントだった。自分は大きめのパンタが好きだったので、
(珍しく)機関車を撮ったとき、下枠交差型のパンタを積んだ直流機は“ハズレ”
だったのだが...
だから、新型パンタは、最新型の電車である証拠だと感じたのだった。
いまなら菱形を探す方が大変なのに...
そんな中...
ぬぁんと...
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
ドアが開いて。
ホント、偶然。デビューを控えた新型特急電車がやって来たと思えば...
デビュー前の車輌公開イベントだったのである。
さっそく、車内へ。
【2000年3月】 長崎本線・長崎駅
車内は黒革のシートが並んでおり。当時、JR九州の特急型車輌のデザインには
定評があったが、それでも、普通車を含めて革張りシートはちょっと驚いて。
いきなりのことに、大コーフンだった新型電車の公開イベントだったのである。
いまでは、ちょっとTwitter でも見ていれば、いろいろな情報が得られて。
でも、この当時は、まだまだ旅先で「意外なこと」「サプライズ」に出会うことが。
「クソーっ!!」と地団太踏むことも少なくなかったが、逆に、こういうことも
あって。いまでも、懐かしく思い出されるのである。
(※)撮影時刻は写真データのものです。したがって、実際の時刻とは多少前後します。
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